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渋さ知らズオーケストラ

渋さ知らズオーケストラ

渋さ知らズはタマシイに効く!

僕が渋さ知らズを知ったのは、今から12年前の2007年のこと。
まさにこれから頂を立ち上げよう、って時に「渋さ知らズオーケストラって知ってるか?頂に呼ぼうと思ってる。」と頂のボスから聞かれたのが出会いでした。

聞くと、どうやら50人くらいメンバーがいるジャズバンドらしい。
「オーケストラ?ジャズ?バンド?」。音楽がある場所は好きだけど、音楽にあまり詳しくない僕には想像すらできず、確かめるためにyoutubeで動画をチェック。

2002年のGlastonburyやFUJI ROCK FESTIBALでのパフォーマンス。
曲は本田工務店のテーマ。

「!?!?」

脳みそに雷が落ちたような気持ちでした。

ジャズバンドって聞いていたけれど、自分が思ってたジャズじゃない。オーケストラらしいお揃いのスーツなんて着ていない。むしろカジュアルどころか、ヒゲのやたら長い人が多いし、ドレッドヘアーで陶酔しながら弦を奏でてる人もいるし。赤ふんどしで法被を着たアジテーターがステージ上を駆け回り、まるでキャバレーのようなダンサーが踊っていて、バナナを振り回してる人がいるかと思えば、蜂のコスチュームの群れがいて、暗黒舞踏はイントレをよじ登って踊ったり、脚立にまたがって火の玉を振り回している。。
挙げ句の果てには、オーディエンスの頭上を銀色のふっくらしたでかい龍が飛んでいました。
ワクワクと同時に、「頂でこれが実現できるのか?」と困惑したことを憶えています。

そして2008年、ITADAKIのフライヤーには渋さ知らズのクレジットが載り、日本平での第一回ITADAKIが開催されました。
渋さ知らズは本当にやって来て、そして、風の強い日本平の空に龍が舞いました。

 

 

あれから12年、今年もITADAKIには渋さがやって来ます。
頂ラヴァーズの皆さんはご存知かと思いますが、1回目から12年連続の出演。

そして、毎年頂の大トリを飾り続けています。

無秩序の中にある秩序。
演奏やパフォーマンスしながら、高揚していたり、陶酔していたり、時に微笑んでいたり、音楽を軸にして、様々な個性と技が響き合い、感じあい、創っている。

個性豊かで多彩な魅力、それぞれが、得意なことに力一杯で、そして互いを信じあう。

労を惜しまず技を磨き、戦い続けているミュージシャン・アーティストの方々を僕が語るのは恐れ多いのですが、一言にできない大切なものを、ライブ中のあちこちから感じるんです。
その大切なものをあえて言うならば、自由という言葉が浮かんできます。

ライブを見ては励まされ、我を忘れて体が勝手に動き出します。
元気をもらい、勇気も湧いてきます。

「音楽は楽しい。みんなでやるともっと楽しい。たくさんの人が一緒だともっともっともっと楽しい。」
と、赤フンのアジテーター渡部さんは言いました。そして、オーディエンスである僕らの事も、「お前らも渋さ知らズだ」と言ってくれました。
ならばその言葉を真に受けて、こちらも受けて立とうじゃありませんか。

 

 

ITADAKIに来られる皆さん、身体はクタクタかもしれないけれど、6月3日の月曜は、令和で一番、こころが元気な月曜日になるはず。
いろいろ精一杯書き綴ってはみたものの、結局、言葉では伝えられないので是非、吉田公園に足を運んでみてください!

ITADAKIでの渋さ知らズは効きます、あなたのタマシイに。

 

 

 


渋さ知らズオーケストラ – ナーダム @ 頂2014

渋さ知らズオーケストラ – 一週間~ナーダム @ 頂 -ITADAKI- 2015

Written by

村松 久嗣(頂スタッフ/看板チーム)

村松 久嗣(頂スタッフ/看板チーム)

グラフィックデザイナー  焼津市出身。頂の前身、浜石まつりからスタッフとして参加し今年で頂12年目。(浜石まつりでは駐車場・シャトルバス乗り場を担当。お客様に元気なあいさつで声を掛けることを心がけました。)2011年より会場内の看板制作を担当。好きな画家は、ピカソ・岡本太郎・カッズミイダ。

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